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最初の一歩を踏み出してみました
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昨日、3年B組金八先生での話です。
個性を大切にするのと、規則に縛られることは相反するか?個性を主張することはいけないことか?
スポーツにもルールがある。規則によって守られている事もある(交通ルール・法律等)

何が大切か?理解すること。
規則の先に個性がある。義務の上に権利がある。権限と責任は平等にある。感謝の中に幸せがある。
規則のない個性はない。義務のない権利はない。責任のない権限はない。感謝のない幸せはない。

大人も子供もみんな、自分中心の考え方の上に生きているような気がします。(私もです。)

「自分の感受性くらい」   (茨城のり子 詩華集「おんなのことば」より)

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


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» ほぼ同感です
私も金八先生が好きでいつも見ています。昨日の詩も感動しました。あの詩の意味について、考えています。あの詩は、世の中に不満を言ってはいけない、自分を磨くことが先決だと言っているのではないように思います。複雑化して、流行に流される世の中に流されることなく、自分の生き方を貫けといっているのではないかという気がします。そのことが、感受性を守ることではないでしょうか?茨木さんの戦争体験の話を聞いてそう感じました。
それから、義務の上に権利があるという考え方は、違っているように思います。最近はマスコミでそういう言われ方がされますが、天賦人権説の昔から、人間は生まれながらに人間としての権利を持っているのです。これは、義務を果たすこととは、まったく無関係に存在するものです。だからといって、義務を果たさなくても良いということではありません。余計なことを書いて申し訳ありません。
山田太郎 2007/10/26(Fri)23:58:15 編集
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水沼 修
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不動産業、相続アドバイザー
趣味:
読書、ウォーキング
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相続アドバイザー協議会
上級アドバイザー

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