忍者ブログ
最初の一歩を踏み出してみました
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

昨日、3年B組金八先生での話です。
個性を大切にするのと、規則に縛られることは相反するか?個性を主張することはいけないことか?
スポーツにもルールがある。規則によって守られている事もある(交通ルール・法律等)

何が大切か?理解すること。
規則の先に個性がある。義務の上に権利がある。権限と責任は平等にある。感謝の中に幸せがある。
規則のない個性はない。義務のない権利はない。責任のない権限はない。感謝のない幸せはない。

大人も子供もみんな、自分中心の考え方の上に生きているような気がします。(私もです。)

「自分の感受性くらい」   (茨城のり子 詩華集「おんなのことば」より)

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


[PR] リフレティ (埼玉県川越市)
 相続アドバイザー協議会会員・旭化成不動産情報ネットワーク会員
 相続・不動産・住宅ローンの相談はお気軽に。

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
» ほぼ同感です
私も金八先生が好きでいつも見ています。昨日の詩も感動しました。あの詩の意味について、考えています。あの詩は、世の中に不満を言ってはいけない、自分を磨くことが先決だと言っているのではないように思います。複雑化して、流行に流される世の中に流されることなく、自分の生き方を貫けといっているのではないかという気がします。そのことが、感受性を守ることではないでしょうか?茨木さんの戦争体験の話を聞いてそう感じました。
それから、義務の上に権利があるという考え方は、違っているように思います。最近はマスコミでそういう言われ方がされますが、天賦人権説の昔から、人間は生まれながらに人間としての権利を持っているのです。これは、義務を果たすこととは、まったく無関係に存在するものです。だからといって、義務を果たさなくても良いということではありません。余計なことを書いて申し訳ありません。
山田太郎 2007/10/26(Fri)23:58:15 編集
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
水沼 修
性別:
男性
職業:
不動産業、相続アドバイザー
趣味:
読書、ウォーキング
自己紹介:
相続アドバイザー協議会
上級アドバイザー

旭化成ホームズ(ヘーベルハウス)
土地選び方セミナー講師
ブログ内検索
お天気情報
最新CM
[07/13 ナカ]
[06/25 ミズ]
[06/22 みーたん]
[06/22 みーたん]
[06/18 ミズ]
[06/18 ミズ]
[06/16 ひろこ]
[06/15 cha☆ppy]
[06/15 ナカ]
[04/27 Eulalie]
最新TB
バーコード
フリーエリア
忍者ポイント

Copyright © [ 日々精進 ] All rights reserved.
Special Template : シンプルなブログテンプレートなら… Design up blog
Special Thanks : 忍者ブログ
Commercial message : [PR]